腱鞘炎

先程、妻の実家から帰って来ました。
帰ってきて某BBSを見ると、友人のAPさんが腱鞘炎にかかったと書いてありました。
おそらく先月のOFMの練習と、その後のプレ王投稿用練習が祟ったのでしょう。
やはり「風、走る」は左手にかなりの負担をかけるようです。
私もやっと2f-7fのストレッチ部分の音が出るようになってきたのですが、これ以上はやめにしておこうかな…

3年程前に右手の手首、私も腱鞘炎にかかりました。
ギターの練習ではなく、しっくりこないマウスを使い続けた結果です。
カメラを持つのも辛かったのですが、一日中PCに向かう生活でしたので症状は悪化の一途。
右手の親指は全く内側に曲げる事ができなくなり、無理に親指を握ろうとでもしようものなら、飛び上がる程痛くなっちゃいました。
結局医者の口から出たのは「仕方ない、切りましょうか」

通っていた病院は小さな病院でしたが、地下鉄のアクセスもよく、リハビリの患者さんも含めいつも混雑している割合評判の良いところでした。
先生は毎週近くの大きな病院に手術に行ってる、腕の良い先生との事でしたので安心してオペを任せる事にしました。
さてオペ当日、外来を終わらせて患者は私一人(入院施設はない病院です)
カーテンで仕切られた、処置室の片隅のベッドでオペ前に点滴をしていると、カーテンの外からナースさんの話し声が聞こえてきました。
「○○(ナース)さん、この病院でオペは初めてだったっけ?」
「ええ、初めてです」
「大丈夫、横で見てるだけで後は先生が全部やるから」
「分かりました。それで…このキャップ、耳も入れるんですか?」
「キャハハ、それじゃ給食のおばさんみた〜い」
「ほんとだ〜〜でも入れなきゃマズいんじゃない??」
   ・
   ・
   ・
ヲイヲイ、頼むよ、大丈夫かよ…(-.-;;

そんな不安な会話を聞かされながらも、点滴が終わりストレッチャーに乗せられオペ室へ…
そう言えば、この狭い病院のどこにオペ室あるんだろ?…そう思っていたら…
連れて行かれたのは、さっき先生に診てもらったばかりの診察室。
そこにいたのは手術着に着替えた先生と、給食のおばちゃんみたいなナースさんでした。
一応、ライトが4〜5灯付いた、スタンド式の無影灯がおいてあり、言われてみれば何とかオペ室と呼べない事もな…いや、やっぱりただの診察室。
正直、この時点で右手が動かなくなる事を覚悟しました。
私の不安を見透かしたかのように、その給食のおばちゃん、「びっくりした?ここの診察室はオペ室に早変わりしちゃうのよ、すごいでしょう(^^)v」f0021369_1305936.jpg

患部が見えないように小さなカーテンで目隠しをし、手首に数本麻酔を打ちオペは始まりました。
「もう切り始めてるからね」「あぁ、こりゃひどいなぁ、切って正解だ」などと言いながらメスを振る先生。
もちろん痛みは全くないのですが、筋肉を引っ張られる感触がちょっと気持ち悪い。
「先生、悪いとこは開いて見たらすぐ分かるんですか?」と聞くと「もちろん。すぐ分かるよ」
まぁそりゃそうだよね「ん〜、実は良く分からないんだよね」なんて言われた日にゃ、オペの途中で傷口開いたままでも病院飛び出すもん。

15分程経ったでしょうか、「ちょっと手首動かしてみて」「痛みはない?痺れる感じもしない?」
「ええ、大丈夫…だと思います」
「そうか、じゃぁ閉じよう」
オペ後、1時間程また点滴をし身体を休めて、三角巾で腕を吊ってもらい病院を出ました。
妻に車で迎えにきてもらったのですが、まさか腕を吊って出てくるとは思っていなかったようで、「どーしたの!そんな大げさな事になって!!」
あのぉ〜〜、一応手術したんですけど…(-.-)

術後ベッドに寝ている時「さすがだね、あの先生」「でしょ、手つきが違うよね」などとナースさんの話が聞こえてきたのは、私の不安をかき消す作戦だったのか、それとも本音だったのか…
でもまぁそんなこんなで不安な手術ではありましたが、オペ自体は無事成功(^^)
その後少しの間でしたが、片手が使えないのは本当に大変でした。顔一つ洗えないし。
健常者のありがたさを経験させてもらいました。
今では傷の跡と共に、そんな記憶も薄くなってきました。
これを機会に、もう一度肢体不自由なく生活できる事に感謝しようと思います。

APさん、くれぐれもお大事にね。
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by aki3man | 2006-03-09 23:37 | 日常
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