思う事

原発の問題が大きすぎて、被災者のニュースが埋もれてしまいがち。
それはそれで仕方ないのでしょう。
ただどのチャンネルも同じような映像ばかり流していて、報道の画一化が気になります。
被災者にとっては、思い出したくない恐怖を蘇らせるような映像を流さないChが一つくらいあってもいいのに…そう思のですが。
もちろん、簡単にそうはいかない大人の理論もよく解るのだけれど。
海外からたくさんの援助隊も来てくれているのに、その活動はほとんど報道されません。
自衛隊が1万人近く(越える?)人々を助けているのに、助けられなかった人の事ばかり報道されて、彼らの活動はそれほどテレビ画面から伝わってきません。
ポジティブな活動や明るいその活動結果をもっと知りたいものです。

原発に関しては、今その是非を論じてもしょうがないです。
東電や国の責任を問う声が上がるのは仕方ないけれど、今それを言う意味を感じません。
実際、おそらく東電やその関係者の方々は、文字通り生死をかけて懸命の努力をしてくれているのでしょう。
数百人詰めていたと思われる職員達の被ばく状況も気になります。

単純に「原発反対!」と声を荒げるのは簡単だけど、それに変わる発電施設は(現状)ないのだし、それを甘受しているのは、声を荒げている人達も同じ。
ただ、人間がコントロールできないようなものを作るのであれば(そう言うものを作っていいのかどうかは別として)「想定外」を想定した設計でなければならない…そう言う教訓なんだと思います。

あまりにも電気に依存した社会の方向性を考え直すいい機会でもあります。
節電を呼びかけた途端、4100万kwの需要を見込まれていた電力が2800万kwまで下がったと聞きます。
やればできるはず…もっとも、あまりその必要性を迫られていない北海道の私が言うのは無責任だけれど…


これから復興に向け活動が活発化するでしょう。
たくさんのボランティアが大挙して現地に入るのでしょうが、その方々には是非この方のブログを一読頂きたいです。
『被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ~僕の浅はかな経験談~ - chodo's posterous』

特に純粋な心を持った若者達は、概して「気持ち」が優先してしまい、客観的な判断ができなくなりがちです。
その純粋な気持ち自体は大切にしなければなりません。
その「気持ち」のパワーを、大人達は上手にコントロールして、正しい方向にリードして行く事が必要だと思います。
「してあげる」と言う気持ちが少しでもあるうちは、決してボランティアには参加してはいけないと思っています。
「させてもらっている」くらいの気持ちが無ければ、真のボランティアにはならないでしょう。

募金の余裕が無い人もたくさんいます。
行きたくても行けない人もたくさん。
献血ができない人も、元々節電を心掛けていて何を今更…と言う人もいるでしょう。
「何かする」のが当然なのではなく、普通に生活する事が当然なのだと思います。
笑顔を忘れず、前向いて生活していこうと思います。

15時30分 追記
このようなブログをご紹介頂きました。
こちらも是非ご一読を
「あの恐怖と屈辱は、記憶よりさらに奥に刻みつけられてしまっている。」


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by aki3man | 2011-03-15 14:48 | 日常
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