「いいね!」と言うコミュニケイション

SNS、私はmixiからすっかり遠のき、最近はTwitterとFacebookが主な活動(?)場所。
そのFacebookで発明(!)され、今ではあらゆるSNSに採用されている「いいね!」(Like!)。
気に入った記事、書き込みに「いいね!」とクリックするだけで意思を表示できる手軽さが受け入れられ、今では世界中で毎日何億と「いいね!」がクリックされています。
ネット上でのコミュニケイションの敷居を下げたと言う面で、確かに非常に大きな発明だと思います。
しかし、クリックするだけと言う簡単さは、それをクリックした人の気持ちの大きさを量れないと言う決定的な弱点を持ち合わせています。
クリックするだけ…それは簡単だけど、逆に言えば簡単なだけ。
もちろんFacebookもmixiもInstagramもコメント欄は用意されていますので、不足分はそこで補えば良いのですが。
「おぉ〜〜こりゃすげーー」と、思いっきり力を入れて『いいねっ!』とクリックするのも、「まぁ取りあえず押しとくか・・・」と「いいね」とクリックしても、相手に伝わるのは同じ。
受け手には全てが同じ重さで伝わるのは、押し並べて考えるとそんなに悪い事ではない…なのかもしれないけれど。
また記事の内容が「○○で凹んでます」的な話でも、共感したら「いいね!」になっちゃう。全然良くないのにね(^^;;

「いいね!」はネット上でのコミュニケイションを活性化させる、大きな役割を担っていますが、実際の…Face To Faceの…コミュニケイションの際には、相手の顔にも胸にも「いいね!」ボタンは付いていません。
ネット上ではコミュニケイションが取れるけれど、実際に顔を合わせた途端一言も話せない若者が出てきそうな気がしないでもありません。いえ、実際にそれに近い若者を知っています。
簡単なコミュニケイションは深いコミュニケイションのきっかけにはなるけれど、本質はそこにはありません。
いくらモニターを食い入るように見つめても「いいね!」の奥の気持ちを読み取る事はできないけれど、相手の目を見ればその奥の気持ちを読み取る事ができる…そう言う当り前の事に気付かない人間が増えない事だけを願っています。

決して「いいね!」を否定している訳ではないし、私自身随分活用させて頂いていますが、「いいね!」をクリックする度にほんの少しの違和感…おそらく自分の気持ちの大きさと「いいね!」ボタンの大きさの差異に対する…を感じています。
とは言いつつ、自分の書き込みに「いいね!」が付くと、単純に嬉しいのはポジティブ(と言うよりノーテンキで単純??)な性格の成せる技でしょうか(^^)
と言う訳で、共感してもらえれば「取りあえずいいね!って言っとくか」をお願いします。
私は『いいねっ!』って言ってくれた〜〜と受け取りますので(^^)v


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by aki3man | 2012-03-31 23:28 | 日常
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