「表現する事」=「伝える事」 ??

音楽にせよ写真にせよ、自分を表現するという事に変わりはないと思うのですが、この「表現する事」は、「伝える事」とイコールなのか…最近よく考えます。
自分以外の誰かに聴いて(見て)もらう為…自分を理解してもらう為の媒体として…そういう理由(?)で音楽や写真、絵画等を行なう人は多いと思うし、それが一番純粋なモティベイションではないかとずっと思っていたのですが、本当は単純に「自分の為」にする表現活動の方が純粋なのかも…そんな気もするからです。
「自分の為」に創作活動をすると、自己満足で終わってしまう気がして、それを回避する為の理由付けとして「誰かの為」に、と言っているのかもしれないなぁ…とか。
自己完結したは良いけど、廻りから突っ込まれた際の自己防衛策として「誰かの為に」なんて言ってるのかな…とか。
自分が満足する創作ができれば満足する人は多いし、そう言う人はアーティストとして非常に強い志の持ち主なのでしょうしね。

でも私にはやっぱり、「表現する事」=「伝える事」です。
喜んでくれる人がいないのに写真を撮っても面白くない。
自分が撮った写真を見て、喜んでくれる人がいるからシャッターを押す。
「喜んで欲しい!」と思う気持ちを伝える為のシャッターです。
どこまで伝わるか分からないけれど、これが一番のモティベイションである事に間違いないです。

音楽は(自分は)単純に聴いて、弾いて、歌って楽しんでいますが、ミュージシャン達の多くは、やはり「伝える」為に奏でているのだと思いたいです。
そう言う音楽に触れた時にだけ、心が揺れ魂に突き刺さって来るはず。
自己完結してしまった音楽に興味はないです。
自分に何を問いかけてくれるか? 何を伝えてくれるか?
それが分からなくても…結果として充分に伝わらなくても、「伝えたい」と言う想いだけでも分かる音楽に触れていたいものです。

多くの人達は音楽を身近に感じる事ができていて、心揺すぶられる音楽に巡り会っているはずです。
確かに音楽の持つ力は凄まじいものがあります。
では、自分の撮る写真はどれだけの力を持っているか…
誰かの心を揺すぶる写真を、死ぬまでに撮れるだろうか…
自分で勝手に大変な命題を背負ってしまった…ような気がします、マズイ(^^;;
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by aki3man | 2007-08-08 01:12 | 日常
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